執筆者:性別不合(GI)学会認定医 大谷伸久

既知の情報

トランスジェンダーの人々(出生時に割り当てられた性別と経験する性別が一致しない人々)は、性別肯定のホルモン治療(性ホルモン)を受けることができます。しかし、外因性の性ホルモンがトランスジェンダーの乳がんリスクや病態にどのように影響するかは完全には理解されていません。現在、トランスジェンダーの乳がんリスクに関する情報は限られています。

この研究からわかったこと

トランス女性(出生時に男性と割り当てられたが、女性の性自認を持つ)の乳がんリスクがシスジェンダー男性に比べて増加し、トランス男性(出生時に女性と割り当てられたが、男性の性自認を持つ)の乳がんリスクがシスジェンダー女性に比べて低いことが観察されました。驚くべきことに、トランス女性において乳がんリスクが比較的短期間で増加することが見られました。絶対的な乳がんリスクはトランスジェンダーの人々において依然として低く、そのため、ホルモン治療を受けるトランスジェンダーの人々に対してはシスジェンダーの乳がんスクリーニングガイドラインを遵守することが十分であると思われます。

1. ホルモン療法と乳がんリスク

乳がんは女性に最も多い悪性腫瘍ですが、男性にはまれな疾患です。女性における生涯乳がんのリスクは12%ですが、男性では0.1%と低いです。乳がんには年齢、遺伝(BRCA1/2遺伝子変異)、家族歴、肥満、乳腺密度、喫煙、アルコール、未出産などのリスク因子があります。乳がんの病態は性別によって異なり、例えばHER2陽性の乳がんは男性では1.7%、女性では6-12%程度です。

2. トランスジェンダーにおける乳がんの発生率

現在、トランスジェンダーにおける乳がんのリスクに関する情報は限られています。トランスジェンダーの集団は多様であり、研究の対象群にもばらつきがあるため、信頼性の高いリスク推定は困難です。

3. ホルモン療法と乳がんのリスクa.男性ホルモンによる影響

a.男性ホルモンの影響

トランス男性(FTM)の乳がんリスクや病態にどのように影響するかは完全には理解されていませんが、テストステロンにより乳腺組織に構造的変化が現れ、線維組織が増加し、潜在的な発がん遺伝子が活性化されることが知られています。

b.女性ホルモンによる影響

女性の思春期やホルモン療法を受けているトランス女性(MTF)では、乳腺の発達が進み、乳管や小葉の形成が起こり、乳房内に脂肪が蓄積されます。
大規模な前向き研究では、ホルモン補充療法が閉経後の女性の乳がんリスクを高めることが示されており、特にエストロゲンとプロゲステロンの併用が乳がんリスクを増加させることがわかっています。これにより、ホルモン療法を受けているトランス女性の乳がんリスクが、一般男性よりも高くなる可能性が示唆されています。

4. トランスジェンダーにおける乳がんの発生率

トランスジェンダーにおける乳がんリスクに関するデータは限られています。トランスジェンダーの集団は多様であり、研究結果にはばらつきがあるため、信頼性の高いリスク推定は不足しているという理由があります。

5. 結論と今後の研究の方向性

トランスジェンダーにおける乳がんのリスクについての理解はまだまだ不十分です。今後の研究によって、ホルモン療法と乳がん発生の関連をより明確にする必要があります。また、トランスジェンダーに対する乳がんリスクの評価を行うためには、より詳細なデータ収集と多様なトランスジェンダー集団に対応した研究が求められます。

【参考医学文献】
Breast cancer risk in transgender people receiving hormone treatment: nationwide cohort study in the Netherlands – PubMed