執筆者:性同一性障害(GID)学会認定医 大谷伸久
FTMの男性ホルモン治療において、最も一般的に使われるテストステロンは、2週間おきに注射する短期持続型のテストステロン・エステルである。
今回の研究目的は、FTMのホルモン治療において、長期持続型テストステロンである「ネビド」の効果を測定するもので、3か月おきに、臨床的変化、疾病率、死亡率、安全性を1年間経過観察をした。
性別適合手術(SRS)まで手術が済んでいるFTM35人を対象とした。そのうち2人が重度な高血圧になったため除外とした。
ネビドを3か月おきに注射し、次の検査項目を測定した。ゴナドトロピン、ステロイドホルモン、肝酵素、脂質、凝固系(出血傾向など)、BMI、血圧、BMD、子宮内膜の肥厚(厚くなること)の有無を調べた。
これらの測定はホルモン開始時と12か月後に測定。疾病率、死亡率, 相反した副作用, 希望する臨床的変化が記録された。
ネビド治療の身体的効果
LH(卵胞刺激ホルモン)、プロラクチン、SHBG、HDL、子宮内膜の肥厚(厚くなること)が有意に下がった。BMI、血圧は上昇した。総テストステロン、アンドロゲン、トリグリセライド、ヘモグロビン、ヘマトクリットが測定された。死亡したものはいなかった。性欲が増え、クリトリスが大きくなった。ニキビは5人に見られた(14.3%)。
男性ホルモンによる高血圧 長期持続型テストステロンのネビドを使ったFTMに対する治療は、従来のテストステロンのオプションとして、適しており、かつ安全である。しかしながら、血圧の経過観察は治療中は行うべきであり、血圧が高くなる可能性もFTMには認識してもらう必要がある。
35人のFTMが3か月おきにネビドを使用したが、ネビドの使用は、通常のゴナドトロピン低下症の治療に対してと同様に安全性が確かめられた。
ネビドの利点
FTMにおいては、様々なホルモン治療がある。短期持続型では、テストステロン・エステルを1週間に2回あるいは、2週間おきに投与する。男性の低ゴナドトロピン症においては、FTMと同様に、男性ホルモン治療ではしばしばテストステロンの濃度が生理的基準値を超えてしまうことがある。
6か月以上の間隔をおいてのネビドの注射の効果は以前にも報告されている。特に健康なFTMにとっては、通常のテストステロンだと頻繁に注射する必要があるので、ネビドであれば、打つ間隔が長くなることは魅力的である。
一般的に治療は忍容性があり、相反する副作用の頻度は低い。唯一相反する影響は、高血圧で、治療を中止すると元にもどったことである。
ネビドのテストステロン血中濃度変化
通常は、注射したその日にテストステロンの血中濃度が生理的基準を超えることが知られている。そして、高血圧は、FTMにおいて、テストステロンの典型的な副作用と知られている。
結局、FTMにおけるテストステロン治療を始める際には、高血圧のチェックをした方がよい。とくに、ネビドを選択する際には行ったほうがよい。初めてテストステロン治療を開始する際には、短時間型テストステロンで一度試して使用したほうがいいかもしれない。子宮内膜は特に変化がなかった。
ネビドによる血液検査の結果
血液検査では、いくつかの問題点があった。直接免疫検査法でテストステロンを測定するのは限界がある。とくに、低ゴナドトロピン症の男性にとっては適度な量でも、テストステロン濃度が低い女性ではなおさらである。
総テストステロンから遊離テストステロン濃度を測定することができる。注射後2週間後のテストステロン濃度は生理的基準値を超えたが、12週後12か月後には、低くなり、普通の男性の生理的基準値に近い値であった。他の研究報告では、低ゴナドトロピンの男性の場合、ネビド投与後1週間では低い値であるという報告もある。
しかしながら、対象とするFTMが若いということ、BMIが24と他の報告の28に比べ低いということ、が挙げられる。そして、生物学的な女性であったことと普通の男性と比べ、テストステロンのクリアランスの違いも挙げられる。また、他の研究報告では、FTMのBMIが高く、テストステロン・エステルを使用していたことも挙げられる。
ネビド治療と骨粗鬆症
テストステロン濃度が高いと、LH(卵胞刺激ホルモン)は特に低値であることが挙げられる。LHは、適度なホルモンのの指標になり、骨粗鬆症のリスクの判断にもなる。
これらに反して、テストステロン治療を行っていた2年間以上は、骨密度が増えるというデータもあるが、今回の研究では、増えているというよりもホルモン治療している12か月は、むしろ、大腿頚部と腰椎の骨密度は維持している状態であった。
FTMでのテストステロン治療では、骨密度は増えないという報告もある。 一般的には、トランスジェンダーは、適度な性ホルモンを投与していれば骨粗鬆症のハイリスクではない。
ネビド治療と生化学
肝酵素の上昇は、MTFにだけでなくFTMにも生じる。肝酵素が高くなる傾向にあったが、臨床的な変化は見られなかった。
通常のテストステロン治療では、SHBGとHDLは下降傾向で、トリグリセライド、総コレステロールは一定であると報告がある。 ヘモグロビンとヘマトクリットの上昇は、多血症の結果である。
これらの変化は、心血管系疾患のリスクが増大するといわれている。しかしながら、疾病率、死亡率に変化はないという報告もある。脂質、SHBGの変化も見られた。
臨床的変化として、性欲の増加、クリトリスの増大、ニキビの発症、声が低くなる、体毛の増加、ヒゲなどは、短期持続型テストステロン・エステル投与で起こる症状と同じである。この研究期間には、生理を生じるものがいなかった。
ネビド治療とBMI(Body Mass Index)
BMIの増加は、体液保持、または体重増加、体脂肪量増加によるものかもしれない。この身体の構成についてはさらなる研究が必要である。.しかしながら、短期持続型テストステロン・エステルで治療したFTMは、体重は減るけれども、体脂肪量は減るという報告もある。
ネビド治療と卵巣腫瘍
卵巣の病理的変化はなかったが、長期持続型テストステロン(ネビド)に治療を受けているFTMで、数ケースで、卵巣腫瘍が報告されている。両側の卵巣を摘出すると卵巣腫瘍を抑制できるかもしれない。
持続的にテストステロンを注射して、両側の卵巣を摘出した生物学的な女性(FTM)の報告では、LHの増加に伴い骨密度は減る。テストステロンは、骨量を十分に維持できない、テストステロンが適量かどうか見るにあたって、LHの測定は、テストステロン濃度よりよいと考える。
ネビド治療と血管系疾患
長期持続型テストステロン(ネビド)を投与するにあたり、血栓、塞栓、卒中、心血管系疾患障害、肝機能、血糖などの安全性がどうか見極める必要があった。長期持続型テストステロンの利点は、3か月おきの注射でよいこと。しかし、長期持続型のため、副作用を生じると不利益を被るかもしれない。
※コメント 生物学的に男性の男性ホルモン低下症にネビドは使われ始めたのですが、FTMに使ってもとくに問題がないという10年以上前のレポートです。 FTMに対するネビドを使用した男性ホルモン治療の初期の報告です。
すでにヨーロッパでは10年以上前からネビドを使われています。現在もネビドは、FTMの治療で主流に使われているテストステロンです。
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海外医学文献
J Clin Endocrinol Metab 92: 3470–3475, 2007