MTFも前立腺がんになる?
前立腺がんは、男性特有の病気で、アンドロゲン(男性ホルモンの総称)に依存しているがんでもあります。治療は、手術療法、男性ホルモンを抑制する抗アンドロゲン治療があります。
MTFの性別適合手術(SRS)時には、前立腺を摘出すると尿漏れなどの弊害を生じるために、前立腺を摘出することはありません。
MTFの前立腺がんの頻度はかなり低く、症例報告もほとんどありません。MTFの場合、前立腺がんになる前には、女性ホルモン治療をしている場合が多く、長い年月のホルモン治療をしているはずです。さらに、睾丸摘出もしていることも多いのに、なぜなのでしょう?
★31年前から女性ホルモン治療をしていて、女性化していたMTFで、前立腺がんによる骨転移した症例報告を紹介します。
ケースレポート
1970年、45才時に睾丸摘出を含む、性別適合手術(SRS)を行ったMTF。 そのときから、女性化するために、1日プレマリン1錠1.25mgの飲み薬のみエストロゲン治療を始めていた。他のホルモン治療は行っていなかった。家族に前立腺がんもいない。
75才のときに、尿が出にくくなり、PSAレベルが13.5ng/mL。テストステロン血中濃度は、睾丸を摘出しているので女性と同レベル程度であった。
生検で、前立腺がん(組織型:アデノカルチノーマ)だったが、骨スキャンでは、転移巣はなかった。がん病巣部には、放射線療法を開始後はよく反応し、PSAは20で安定した。2年後に再度PSAは37まで上昇し、抗アンドロゲン治療を開始した。
本来のエストロゲン治療をdiethylstilboestrol に変え、その後にdiethylstilboestrol をエチニル・エストラジオールに薬を変えたが、PSAへの影響はなかった。
骨スキャンでは、大腿骨に転移が疑われた。症状は特に問題がなかったが、14か月後に、PSAは40に上昇し、転移が疑われた部位は明らかに大きくなっていた。
化学療法を始めるときのPSAは53だったが、数回の化学療法後も78までに上昇し、下がりもせずに一定の濃度を保っていた。化学療法中には、骨転移巣の大きさは変わらなかった。
2005年に入院し、入院翌日に静脈血栓が原因で死亡した。
Fig. 1. MTFの前立腺がんにおけるPSAの推移
MTFの前立腺がんはたいへんまれ
女性化したMTFトランスジェンダーの前立腺がんの進行は、たいへんまれである。若いときに睾丸摘出をしたことは、前立腺がんの進行を遅らせたと考えられる。
前立腺がんの進行、活性化には、通常アンドロゲンの存在が必要である。
MTFトランスジェンダーの前立腺がんの診断、管理に関しては、多くの解決できない疑問を生じた。
・エストロゲン治療を始める前に睾丸摘出するべきか?
・MTFに、PSAを頻繁に測定する必要があるのか?
・解決できない疑問の1つに、MTFの長期に渡るエストロゲン治療は安全なのか?
知る限りでは、MTFの前立腺がんは、今まで3症例が報告されている。この中で、エストロゲン治療の期間がもっとも長いのは23年である。我々の症例では、女性化以前に睾丸摘出をして、31年間エストロゲン治療をしていたにもかかわらず、前立腺がんが見つかり、かつ、そのときには、骨転移していた。
MTFの長期に女性ホルモン治療をしていたにもかかわらず、前立腺がんになった原因
アンドロゲンが前立腺がんの原因であったなら、睾丸摘出前には前立腺がんの前兆候(細胞の異形成)はあったに違いない。そして、この患者の場合、エストロゲンは、がんの進行を延期させていた作用があったのかもしれない。しかしながら、いくつかの動物実験レベルでは、去勢後のアンドロゲンの血中レベルでは、転移を促進させるような潜在的な微小細胞がんは、抑制されるという報告がある。
他の説明では、本来の診断されたときに新しい前立腺がんが発生したとも考えられる。
今回の症例の場合、8か月の抗アンドロゲン治療と女性ホルモン治療を経て、がん細胞は低分化し、免疫染色でしか認められなかった。(がんが治療に効果があり、がん組織も悪化しなかった)のちに再発した前立腺がんは、新たな環境条件下で、がんのもとになる幹細胞ががんに進展したのかもしれない。
抗アンドロゲン治療に適度に反応したので、アンドロゲン受容体が活発的に存在したのかもしれない。前立腺がんでは、アンドロゲンがなくなった後には、一般的にはアンドロゲン受容体が増えるという研究はほとんどない。
アンドロゲンの欠乏の期間が長期に及んだのちに、アンドロゲン受容体が抗アンドロゲンにより感受性のあるがん細胞を上方制御されていたなら、 PSAの反応を長い間予期できたかもしれない。この患者では、抗アンドロゲン治療中の1年以内は、PSAが一定の値を観察されたのみであった。
MTFにおける長期に及ぶエストロゲン治療後の進行性の前立腺がんに関しては、去勢された状態にもかかわらず前立腺がんを予防できないのは疑問である。
エストロゲン治療を始める前から、前がん状態が存在していて、ただ、女性ホルモンに長期間抑制していただけだったのかもしれない。そのため、若いときに睾丸摘出をしたことにより、前立腺がんの進行を遅らせたとも考えられる。
いずれにせよ、MTFにおける長期に及ぶエストロゲン治療後の進行性の前立腺がんに関しては、去勢された状態にもかかわらず前立腺がんを予防できないのは疑問である。
※通常、前立腺がんは、男性ホルモンに依存している(高齢に多いのは、それだけ長く男性ホルモンに曝露されえいるから)がんと言われています。通常は、別姓のホルモンをしていれば、限りなくゼロに近く、その生物学的性の病気にはなりにくとされています。
このケースレポートでは、若いうちに、女性ホルモンを開始しており、しかも、睾丸も摘出しているにも関わらず、前立腺がんになったというとても珍しいケースなのでしょう。
結局のところ、この前立腺がんの原因は、1.若いときに女性ホルモン治療、睾丸摘出前からすでに、がんが存在していた。2.高齢になってから、女性ホルモン治療をしているにも関わらず、新しいがん細胞ができた、というのが考えられるのでしょう。
MTFも、中年になったら、数年に1回程度PSA検査をするのがよいのかもしれません。
※PSA:前立腺がんの有無の指標になる。特殊な検査は必要なく、血液検査で簡単にわかります。
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☞今回の海外医学文献
Metastatic prostate cancer in transsexual diagnosed after three decades of estrogen therapy
Can Urol Assoc J 2013;7(7-8):e544-6.